おはようございます。
雲一つない博多の空です。
今日は公式には敬老の日だそうです。
なにか先週15日にも敬老の話題を聞いたような気がするのですが。
私も昔なら立派な老人対象者なのでしょう。
先週は電車の中で高校生の男の子に席を譲られました。
好意には感謝しないといけないのですが、心情的にはちょっとショックのほうが大きかったです。
人の価値観はいい加減なものだと思います。
思いやりも難しいところがありますね。
昨日ドラマを見ていて思いついたタイトルです。
私たち夫婦は緊急事態宣言以来自宅でドラマを見る習慣がつきました。
かっこつけて「シアター・タイム」と呼んでいます。
女医さんが主役のドラマなのですが、その中で男性の介護士のセリフに「介護士は家族にはなれない」がありました。
寄り添い・支援することはできても家族と同じ価値観にはなれないというようなセリフでした。
気持ちは家族と同じように痛みも感じるし、やさしさも持っている。
それでも家族には勝てないといいうことですね。
この言葉を聞いて私たちの環境に置き換えて思いをはせました。
思いついた言葉は、「コンサルは社員にはなれない」でした。
長年コンサルタントをやってきて感じるジレンマがあります。
私たちもお客様(クライアント)と接するときは、常にお客様の立場に寄り添って
痛みも分け合うようにするし、同じ価値観で判断するように努めます。
それでもどんなに頑張ってみてもお客様から本当の一体感を得ることができない状況が発生してしまいます。
どうしても社外の人、支援する人というように見られがちです。
私なりに考えてその理由の一つに、私たちには人事権がないということがあると思っています。
一緒に支援してくださるプロジェクトメンバーを評価してその結果をお客様に伝えるというのはよくあるケースです。
お客様の人材育成や指導を依頼されることもよくあります。
それでも最終の昇進や昇給を私たちが決定できるわけではないのでそこに限界があるのではないかと思っています。
もう一つの理由は私たちには予算の決定権がないということです。
これも当然ながらプロジェクトの優先順位や規模に関しては進言ができます。
それを受け入れてもらえることもあれば違う判断をされることもあります。
ロジカル・シンキングに長けている私たちはプロジェクトの投資対効果を上手に説明することは得意です。
経営者の投資に対する決定要因には論理性以外の何かがあるように思います。
第六感かもしれませんし、ご自身の人生観、価値観、対外環境、社会への貢献・関係性など
目に見えない複数の要素で意思決定をされるのでしょう。
この人事権・予算執行権がないのは私たちがクライアントの社員にはなれない大きな要素ではないでしょうか?
もちろん社員と同期化・運命共同体になれることが私たちコンサルタントにとって最大の価値を産むとはかぎりません。
逆に提言にユニークさがなくなり、悪く言えばスポンサーに迎合することになり価値をさげることにもなりかねません。
クライアントさまと私たちコンサルタント・マインドのどちらに軸足を置くべきか、
プロジェクトのフェーズ/お客様の規模・文化/成熟度/対外環境・・・・等
一元的には決められない課題なのでしょう。